虚構世界で朝食を

Breakfast at fiction world

KDP第二作『時計の針を止めろ』の無料キャンペーン本日開始です。

こんにちは、kazumaです。今日は告知の為に書いてます(お忘れの方がいらしゃらないか、念の為に汗)。
時計の針を止めろ

時計の針を止めろ

 
12月9日より販売を開始しました拙著『時計の針を止めろ』(副題:STOP THE CLOCKS)ですが、現在、kindlestoreにてお知り合いの方が作品を購入してくださっています。ありがとうございます! 前回より半歩でも前に進んだところを、より多くの方に、作品を通して伝えることができればと思い、無料キャンペーンの第一弾を行います。
 
期間の再掲ですが、第一回無料キャンペーンは、本日12月13日17時から14日16時59分まで、作品の無料ダウンロードが可能となっております。

是非、この機会にkazumaの作品をDLして読んでくだされば、著者として大変嬉しく思います。また、読み終えた後に、感想やレビューも大歓迎ですので、アマゾン当作品レビュー頁もしくはツイッター個人アカウント、ツイート、メール、ブログコメント欄など、どんな媒体でも受け付けております。

 
また、今回のキャンペーンは事情があって間に合わないよ、という方の為に第二弾の無料キャンペーンをクリスマスに行いますので、今回を見合わせる方は是非次回無料キャンペーンの際にご検討くださいませ。
 
では、今日の17時からの『時計の針を止めろ』(武内一馬著)の無料キャンペーン第一弾の本日、ダウンロードして作品の中でお会いしましょう。
 
ではでは、告知記事でしたー。
 
Kazuma
 
 

KDP出版第二作『時計の針を止めろ』上梓しました!

 こんにちは、kazumaです。今日はひとつ嬉しいお知らせが。
 この度、KDP出版(電子書籍)の第二作を発表することになりました!

 タイトルは『時計の針を止めろ(Stop The Clocks)』武内一馬著、です。実は、二日前からAmazonKindleストアにて販売を開始しておりますが、修正点がないか確認してから告知を行いたかったので、このタイミングでのブログ発表となりました(前回は、発売後に修正を加えたので、学習した笑)。

時計の針を止めろ

時計の針を止めろ

 
 
 少しだけ本作品の内容紹介を載せておきます。(Amazonページにも掲載)
 
 私の上着のポケットには旧い懐中時計が入っている。時計を伴侶として大学生活を送る主人公・新堂は、愛読するJ・D・サリンジャーの物語の人物と同じように大学から去ろうとしていた。屋上から姿を消した哲学科三回生の跡を追い、音楽プレーヤーからは英国ロックバンド・オアシス(Oasis)の曲が流れ続ける。揺れる記憶の中で新堂は自らの影を見つめている。彼は今日も時計を巻き続ける、いつか針が動かなくなるその時まで。
 
 2017年12月9日に第一刷を上梓しました。文藝賞応募作品に改稿を重ね、電子書籍化。古書店『一馬書房』製作・協賛。
 
 刊行記念として第一回目の無料キャンペーンを明後日12月13日(水曜)より行います。無料でこの作品を手に入れたい方は是非この日にkindleストアよりダウンロードしてください。kazumaの創作活動をちょっとくらいなら支援してもいいよ、という方は有料で購入してくだされば大変有り難いですが笑 
 
 無料キャンペーン期間(第一回目)
 2017年12月13日 17:00(START)~2017年12月14日 16:59(END)
 
 勿論、作品を読んでいただけることが一番嬉しいので、どちらでもお好みでお選びください。
 
 この作品は文藝賞に落選したものですが、何度も改稿を重ねましたので、読者様の読みに耐えうる作品になっていると著者としては思っております。前回の『私はあなたを探し続ける』より半歩でも前に進んだ部分を作品の中に見つけて頂ければ嬉しいです。
 
 前作を発表した時、意外と読んでくださる方がいらっしゃるのだな、ということを知りましたので、今回も恥を忍んで提出しました。もし作品を読んで感想を送っても良いよ、という方がおられましたら、いつでもお受けいたします。当ブログコメント欄、もしくはTwitter個人アカウント(@kazumanovel)までご連絡ください。知っている人はメールアドレスでも。
 
 いつもひとりで書いていますので、反響がありますと、私としてはとても嬉しく思います。それが糧となって、筆を前に進める灯りとなりますので。
 
 以上、KDP出版第二作の告知でした!
 
  kazuma
 
 最後に、作品情報まとめ↓ 

時計の針を止めろ

 タイトル『時計の針を止めろ(STOP THE CLOCKS)』
 
 著者 武内 一馬
 発行 2017年12月9日
 製作 一馬書房
 ASIN   B0781ZLP9B

 KDP出版(Kindle Direct Publishing)により電子書籍化。
 著者・武内一馬、第二作目の電子出版作品。
 お手持ちのkindle端末及びkindleアプリでお読み頂けます。
 

十二月の風が吹く

 こんばんは、kazumaです。十二月最初の更新となりますので、まずは先月の振り返りを。
 
 先月も十月と同様、様々なことが身の周りで起きました。主にネットでの人間関係の出来事でしたが、やってくる人もいれば、去って行く人もおられました。私自身に原因が多分にあったとは思いますが、自分なりに誠実に言葉のやり取りをしたつもりなので、去って行った方には申し訳ないですが、仕方のないことだったのだと思います。恐らくそれぞれが向いている方向性の違いが明らかにあって、言葉を交わしていく中でそれは感じていたので、遅かれ早かれどこかの地点で離れて行かざるを得なかったと思います。
 
 大変お世話になった方なので、いつかまたお話が出来ればな、と私としては思っているのですが、相手の方はそう思われていないようなので、ここが縁の切れ目なのかもしれません。言葉の向こうには人がいるということを今年教えてくださった方が居て、いまはその言葉を噛みしめているところです。私自身、頭をぶつけて間違わないと、間違いに気付けないようなとんまな人間なので、これからもこういうことはあるだろうなと思っています。今までも沢山あったので。でもそこを潜り抜ける中で少しずつ成長してきたようにも思いますし、手札のカードの選択肢をひとつひとつ広げてきたつもりです。また、去って行くひとばかりでは決してありませんでした。
 
 まだ自分のカードは場にも出せない状態ですが、死なない程度に生きていれば、いつかはその機会が巡ってくるのだということを馬鹿の一つ覚えのように信じています。純粋にひとりで突き進むだけで、物事が進む時期はもう終わったのだと思います、これからはしぶとく生きて、したたかに布石を打ち、いつか小説で本当の勝負を掛けられる瞬間の為に準備を行って、文学賞を虎視眈々と狙い続けていこうと思います。
 
 十一月で、というか今年で一番考え方が変わったのは小説に対する姿勢というか、小説をどのようなものに捉えるかということです。
 
 小説を書き始めた一番最初の頃、病棟の中で物語を書いていた頃は、私にとって小説が全てであって、他に信じられるものはありませんでした。拙い物語を書いていましたが、それ以外に自分が縋ることが出来るものはペンとノート以外になかったから。いまだって根本的にその考えまで変わってしまった訳ではないのですけれども、その一方で小説だけが人生の全てではないということも、何となくですがこの一年で感じてきたのだと思います。
 
 いまの現実の私の生活というものは小説を作ったり読むことだけで成り立っている訳ではなく、小説を読み書く以外にも、やらなくてはならないことというものは思っている以上にあって、そういう人間の生活に必要なことを通じて誰かと関わったり、物事を考えたりしていく訳で、小説のことだけを考えて生活するということは、ほんとうのところ自分の求めているところなのかと問うと、実はそうと言い切れないところがある――、ということに最近気が付きました。
 
 きっかけは、やっぱり小さいながらも夢の一つだった古本屋をはじめたからで、理想とは違う面も沢山あることが分かってきましたが、それでもこれを自分の生業のひとつとして長くやっていきたい気持ちが芽生えています。つまり単に小説家になりたいというのではなく、古本屋や本に関わる仕事を現実の生活の土台とした上で、作家になりたいという思いがあります。最後の局面では作家兼古書店の店主になっていたいのです。
 
 今年の五月末に仕事を辞めてから、ずっとひとりで黙々と小説を造ったり、古書店開店に向けて動いていましたが、ひとりでは面白くないというか、どうしようもなく行き詰まる部分があることは、仕事を辞めてからの半年間、厭と言うほどこの部屋の中で感じてきました。一方で、十月から始めた古本屋を通して現実に関わってくださった方が沢山おられましたし、実際にひとと会って話さなければ分からないことが山のようにあることを知ったように思います。
 
 全ての小説家が最初から小説家として生まれてくる訳ではなく(勿論、そういうひとだっているでしょうが)、殆どの人は小説家である前に人間であって、私は前述のような特別な生まれ方をした訳ではなく、ただの何処にでも居る作家志望のひとりなのだということを五年書き続けて理解したような気がします。でもそれが分かったとしても、書くことを止めるつもりなんか微塵もないし、プロを目指すということに何ら変わりはなく、それはそれとして生きていく為に、古本屋や本に関わる仕事を通して、しぶとく粘り強く生きていくのだということをいまは思っています。
 
 虚構だけでは息苦しいし、現実だけでは一寸つまらない。私は欲張りだから、その中間を目指します。虚構と現実を往ったり来たりしながら、【虚構として】小説を読み、書き、【現実として】本に関わる活動を通して、前に進んでいきたい。
 
 十二月は色々と考えている事があって、出来る限り動いていこうと思います。本当は十二月の予定も書くつもりでしたが、その前に書いておかなければならないことを書いたと思います。あと、ブログとTwitterのプロフィールから『虚構』の文字と『純文学』の文字を取り去りました。これも意思表明のひとつです。このブログは小説に関わるものなのでタイトルとしては残しますが。虚構だけに生きる文学書生ではないこと、純文学というジャンルに囚われず(私が書いてきたものは純文学とは決して呼べないと思います)、ほんとうに自分が書きたかったものに正直になって、またもう一度物語と向き合って、生きていこうと思います。
 
 十二月の風は遠くからやって来て、もっと遠くの場所へと導いてくれる。虚構と現実を繋ぐ不思議な入り口へ向かって。
 
kazuma
 

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今後のブループリント、青写真。

こんばんは、今日は備忘録というか考えを纏める為にブログ記事を書いています。今後の執筆計画というかブループリントのようなもの。青写真。
 
昨日で、一度群像に提出した物語にケリを付けました。信頼できるふたりの方だけに完成した小説の原稿をお渡しし、おひとりの方から読み終えた感想を頂きました。その内容を読んで、自分でも理由に納得のいく物語の欠点というかクラックのようなものが見つかり、それを内包した上で出来た物語だったのだなあと少ししみじみと思っています。自分ひとりでは訳が分かっていなかったので、やはり小説というものは他の人に読まれてこそ客観性を得て、息を吹き込まれるのだと感じることになりました。
 
欠点と思われたのは、書き上げるまでの一年の間に書き手である私の身の上にも様々なことが起こり、物語の中盤を描いている中で主張していたことと、終盤で主張することになる答えらしきものの二つを比べて、小説の中で云いたいことの結論というものが、物語が進むに連れ変わっているということです。ただ、そのズレのようなクラックを含むことによって、物語の人物も成長を遂げているので、必ずしもこれはなくしてしまって良いものではない、という意見を持ちました。
 
実は物語の途中で、ここで物語を切った方がよいと感じる文節が、ただひとつだけ存在していたのですが、群像に出しているものは、そこで終わりにして提出しています。ですが、書き手である私は、その先にもまだ物語を続けたいと感じていたので、最後まで物語を見届ける為に筆を走らせることにしたのです。結果的に二つの終わり方が存在する物語となりましたが、これで良かったのだと随分納得をしています。
 
何故ならば、この物語は二つの意識を持った人間が登場する物語なので、終わり方が二つあるのはむしろ自然であるようにも思います。後付けの解釈のようにも思えますが、いま思うと、この解釈が一番明快に思えます。ともかく、物語が納得のいく出来になったことは疑いようがありません。あとは、新人賞の大海の中へと送り届けるだけです。400枚超の賞は、エンタメであっても中々見つからないので、フルバージョンの小説の応募自体は再来年に持ち越そうかと思案しています。群像の結果は早くても一次選考の発表が五月号の四月第一週での発売のはずでしたから、フル版の小説を応募できるところは、六月以降のものでなければなりません。
 
実はある賞に応募することをかつての知人に勧められていたのですが、何となくそれが意味のあることなのではないか、と迷信深い私のことですから信じたくなっています。ただその場合、再来年までこの作品の賞への応募は見送らなければなりません。これについては考えるところもあるのですが、最後の弾として、いつでも撃てるように置いておくのもありかなと思っています。
 
このブログのプロフィール欄にもそっと掲げていることですが、2019年3月31日迄に小説家になることを私は目指しています。事実上、それが間に合うためには三回しかチャンスがありません。今年の群像への一発目の弾は撃ち終わったので、次は来年三月末〆の新潮新人文学賞に照準を合わせようと思っています。12月の一週目を構想に充てて、二週目から執筆をはじめ、今度は100枚程度の中編に挑戦したいと思っています。今回の作品では、私の心境の変化によって小説の進行や内容自体が変わってしまう弱点があったので、完全に書き手と小説世界をきっちり分けたものを描きたいという想いがあります。勿論、それでも書き手のことは知らず知らずの内に滲み出るものだと思うので、それは自然な発露に任せて、虚構の人物達をより尊重した世界観の物語を構築出来ればと思っています。今回の小説ではある種、私小説的な部分を含んでいるところもありましたので、より虚構を軸に置いたものを造り上げたいなと始める前の段階では、ぼんやりとそんな風に思っております。
 
十二月の一週目まで期間を空けてあるのは、KDPの第二作を発表しようかと現在思案しているところで、具体的には文藝に落ちた作品のリライトをして、納得のいくものに仕上がれば、十二月辺りには出版したいと思っています。前回出したのも確かこの冬の時期だったと記憶していますが、年に一作でも少しずつKDP出版していければ、いつか塵は積もれば何とやらで、私自身の色のトーンが出た物語が並んでいってくれるのではと思いますし、前作の「私はあなたを探し続ける」を読んで下さったという方が意外とおられることに気が付いたので、今年も出したいなと思っています。なので、今週は旧作のリライトに充てるつもりです。ブログで宣言しておけば、やるだろうなという魂胆で書いてます笑 KDP出版のやり方を忘れてしまったので、出版マニュアルか何かを買おうかなと思っています。前回はほぼネットの情報とお知り合いの方の助言だけで作ったので、試行錯誤感が半端なかったです汗 もう少し良い感じの表紙を作りたい(切実)
 
後は、私の身の上話というか、今後の身の振り方なのですが、結構迷っています。オンライン古書店『一馬書房』を開店できたことは、今年のビッグニュースのひとつでしたが、やはり古本だけで食べて行くには相当の覚悟が要るということを実感した次第です。ただ古本屋を始めたこと自体は私にとって滅茶苦茶プラスに働いているので、儲かる儲からないではなく、個人の活動の一環としても是非続けていく所存です。ただ、これを本職に出来るのか、それとも別の食い扶持を探すのかということは、別個の問題なので、良い方法がないかなと考えています。やはり本に関わる仕事をしたいという気持ちが強く、新刊書店では上手くいかなかった点もかつてあったのですけれども、それでもやはり本に関わるものでなければ興味を持てないということは、別の仕事をした時に気が付いていますので、何処かの古本屋さんで、ある種の弟子奉公といいますか、アルバイトで経験を積みたいという気持ちが強いです。大阪の古本屋でのアルバイトを希望しておりますので、もし何か情報を知っている方がいらっしゃれば、教えて下されば幸いです。念の為。m(_ _)m
 
来年の三月までには身の振り方についても何かしらの決着を付けたいと思っています。新潮新人賞への応募含め。
 
いまはともかく出来ることをひとつひとつ詰めていこうと思います。人生の時間のパズルを埋めていけば、どこかで欠けていたピースを見つけられる、見つけざるを得なくなる瞬間が訪れることを信じています。そこまで来れば、物事は歯車にかちっと嵌められたように動き出すような気がしています。予感ですが。
 
では、また。
 
kazuma
 

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(タロット 大アルカナ 番号Ⅹ 運命の輪)



言葉の海の底で

 更新が遅くなりました、kazumaです。ここ一週間というもの、書き上げた小説の推敲・修正をしておりました。群像に途中で切って提出した物語の続きです。仕上がってみれば、物語は途中で切ってよいものではなくて、ちゃんと最後まで描ききらなくてはならないだけの理由が、その続きの文字の中に現れてきました。私はそれを蝋燭の明かりの影を見つめるように、見ていたような心地がします。一度消してしまった燭台の火先にもう一度静かに青い火を灯し、白く立ち昇る一条の煙をそこに認めるように。その煙にはきっと意味があるのだと思います。少なくとも私にとっては意味あるものでした。
 
 はじめは、ただ一滴の水、泥濘に出来た水溜まりほどの言葉の羅列は、段々と渦のように重なって廻り、池となり、湖となり、最後には溢れ出すような河となって、ひとつの小説になったように思えます。その文字の渦に、流されたり、沈んだり、時には溺れさえしながら、藁にも縋るような思いでペンとノートだけを握って書き上げました。書き始めたのは、一年前の十月でした。小説が完成に至るまで一年以上の月日が流れました。この一年の間に私の身辺には色々と変化が起こりましたが、結局手元に残ったのは、この言葉達以外にはなかったように思います。小説の中で、いまの自分に云えること、誰にも云わずに籠の中で鳥を飼うように温めてきたことは、いくらかは云えたのだと思います。小説を書き上げると、私は物語に対して、いつも家から飛び立つ雛鳥のイメージを思い浮かべます。暖かな巣の中から出て、時には隣にいる鳥と取っ組み合いをしながら、皆やがては浜辺に足を着け、海の向こうへと飛び去っていく、その海鳥の後ろ姿を見つめているような。物語を振り返って、通しで読み直していると、その鳥がどのように育ち、どんな運命の風に晒されて、飛んでいったかがよく分かります。その鳥はある意味では私の人生の投影であり似姿なのだと思います。時々、小説を書いていると、私はその鳥に向かって――鏡の向こう側にいる自分の影に向かって――語りかけているのではないか、と思うことがあります。そうすることによって、その揺りかごの中にいた雛鳥を育て、一人前にして、それを生み出した者よりも遠くへ行けるようにと願って、書き続けていたように思います。現実の私という人間は、遠くへ行くのは叶わないことが山のようにしてあるから、せめて虚構の鏡の向こう側にいる鳥だけは、私という存在なんかよりも、ずっとずっと遠くまで行って、もう帰ってこなくても良くなるくらい、水平線の向こう側まで、行ってくれと、そういう思いで私はこの一年以上に渡る歳月を、その鳥と一緒に過ごしました。はじめは小さな可愛らしい鳥が、いつしか親のことなんて忘れて、すくすくと育ち、最後には力強く青い空へ羽ばたいてくれるその瞬間を待ち続けていました。まるで全てのものが復活する審判の日に響き渡るラッパの音を待ち侘びるような気持ちで。きっと私という人間の姿形が燃え尽きた煙草の火のように消えゆくことがあったとしても、その灰皿の底に溜まったいくつもの言葉の灰が、不可思議な魔術の小径を通り抜けて蘇り、再び鳥の姿を形取るように、私の代わりにもう少しの間だけ生き続けてくれるような思いがします。その言葉の鳥達だけが残ってくれれば、もうそれだけで十分なんじゃないかと、その一羽だけでも伝書鳩のように誰かの胸に言葉を届けてくれたなら、それ以上望めることなんてないのではないかと思います。
 
kazuma
 

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