虚構世界で朝食を

Breakfast at fiction world

東京行き

東京行きの荷造りを大体終えた。明日から出発する。多分、この時期を逃したら当分、東京へは行けなくなる。今のうちに行っておこうと思っていた。
 
前に東京に行ったのは昨年の夏だったはずだ。上京するときはいつも不安が半分と期待が半分。不安の方が少し勝っているかも知れない。それだけ、東京には憧れがあった。何の根拠もなく、昔から。
 
列車に揺られているときに大学生だった頃の自分をよく思い出す。きっと今回も思い出しているだろう。一年毎に東京に向かって昔の知人と会ったりしているが、自分が曲がりなりに東京で大学生活を送っていた頃から成長できたかどうか疑わしい。人間の成長って何だろうなと、東京でばりばり仕事をして日々を送っている友人たちと会う度に思う。彼らは既に大人になって、私は未だに中途半端な存在のままでいる。少なくとも普通の道は全く通らなかった。時々、もし東京に残ったままの自分というものが存在していたとしたら、彼はどんな風に生活を送っていたのかと考えて、すぐに止める。これは私の悪い癖だった。違う道に進んで行ったらどうなっていたんだろうと、殆ど無意識にその道の先を想像して、その地点にいる彼と自分が立っているところを比べる。最もそんな地点は最初から存在しておらず、従って分岐路の向こうに立つ彼も姿を現すことはない。ただの空想、夢想、怠惰な時間……。新幹線の窓を見つめている私はいつもそういうことばかり考える。それから、忘れる為に眠りに就く。浅い眠り。瞼は閉じたり開いたり、虚ろなまま、身体だけが東京の街へと運ばれていく。
 
私には珍しく今回の東京行きは予定をきっちり埋めた。今回の東京行きが終わったら、もう当分は向こうへ行けないだろう、ということは分かっていたから。次に向かうときは、願わくば作家になった形でと心の奥底では思っているが、それがいつ叶うかは分からない。まだ自分の文章がプロに追いつくものではないと気が付いているし、作家になる以前に人間として駄目だったら、多分また東京で同じ事を繰り返して、躓いて、帰ってこなくてはならないことになるだろうと思っている。この東京行きが終わったら、大阪に戻って、もう一度小説の武者修行をするような気持ちでいる。それと同時に、私も人間的な成長を遂げなくてはならないとも思う。もういつまでも学生もどきの若者で通用する年齢ではなくなった。どういう形になるか今の時点で全部分かっている訳ではないのだけれど、何らかの形で社会の中へ戻っていって働いていかなくてはならないと思う。病は未だにあるが、それでも自分の歩幅を信じて歩いて行くしかない。苦しむことはもうこの地点で分かっていても、それでも押し分けるようにして進んで行かなくてはならないタイミングというものが人間にはあるのだと思う。そこから逃げることも出来るけれど、どうしても逃げられない地点というものも確かに存在している。だから今度の東京行きはその区切りとして、行くつもりだった。
 
東京では文学関連のところに足を運ぼうと思っている。神田神保町の古本屋街や、田端の文士村記念館。小説にまだ眼が開かれていなかった頃の大学生の自分は、そういう場所に中々足を運ばず、大学構内やバイト先の狭い世界の中をうろついていた。そこから出れば見えるものが沢山あるのに、何にも気が付いていなかった。その日その日で精一杯になっていたが、本当はそんなものある程度放り出して、行きたい処へ行けば良かったのだ。ただその時の自分は小説という常に向かうべき道と目的を示すコンパスを持っていなかったから、何回やり直してもぐるぐる迷って同じ道を辿ったような気がする。私が大学生活で得たほんとうに欲しかったものは、そのコンパスひとつだった。自分が何処に向かえば良いか、何に打ち込めば夢中になれるか、価値観を変えて視野を広げるものが何であるか、それを知るためだけに大学生活はあったのだとさえ思う。結果的にそれを分かったのは校舎の外でだった。それは東京でさえなかった。地元に戻ってきた病棟の中でだった。随分とひどい大学生活を送った。得たのは僅かな友人とそのコンパスだった。他には何にもなかったと思う。
 
何とか大学を卒業して、それから地続きにここまでやってきた。未だに社会には馴染めないまま、いつも周りから浮ついている足を咎められているような思いがする。でも、自分にはこうやって生きていく以外に道を選んではこなかったし、選ばなければ別の道は存在しないのだ。自分の人生で間違っていないことがただひとつだけあるとすれば、それは小説を選んだことだ。他のことでどれだけ間違って、他人から笑われることになっても、小説を選んだ自分のことを笑いたくはない。次に行くときはちゃんとした人間になって、もう地元に戻ってこなくてもいいようになりたいと東京行きの準備をする度に思っていた。実際に行くのはいつも破れかぶれのままの私だ。ただそれでも去年よりは、一昨年よりはと、這うように進んで、向こうに居る友人達と話をした。彼らは彼らで東京を日常とする社会人として忙しなく真っ当な日々を送っている。私はいつも彼らに気後れして会う。友人たちは何の屈託もなく受け入れて話をしてくれる。けれども自分には厭と言うほど分かっている。自分が東京で、社会で上手くいかなかった人間であるということが。それでも友人や知人との縁を切ってしまいたくはないから、やっぱりひとと会う。切りたくない縁まで切ってしまうのはもう嫌だった。いまはそうやって細々とした繋がりの中で生きている。これまでの期間、ネット上の繋がりも私にとっては大事なものだった。ただ東京から帰ってきたら、もう一度現実社会の中に戻っていこうと思っている。虚構の中だけで息を吸って朝食を食べることは出来ないと、分かったから。だからこれは虚構から現実に戻る旅なのだと思う。私は今回の旅行をそんな風に勝手に思っている。
 
ここで筆を置きます。また一週間後に。
 
kazuma
 

f:id:kazumanovel:20171217171734j:plain