虚構世界で朝食を

Breakfast at fiction world

第61回、群像新人文学賞に応募しました。

今日は強い雨風が吹いています。郵便局に行ってきました。新人賞の応募原稿を抱えて。

 

昨年の十月から書き続けていたものなのですけれど、仕事のことがあったり、辞めた後は古本屋のことや体調が思わしくない日々が続いていて、結局丸一年も掛かってしまいました。実は物語そのものは完全な完成にまでは至っておらず、それでも目標としていた群像新人文学賞の〆切りが近付いてきていた為、一旦筆を置いてもおかしくないところで、物語を切り、応募してみることにしました。応募原稿は原稿用紙換算枚数232枚で、250枚の規定内に収めましたが、実際の原稿は360枚強まで来ており、400枚程度の作品になりそうです。年内までにそれを仕上げて、形にした上で、次にも勝負を掛けていかなくてはなりません。翌年三月〆の新潮に意地でも間に合わせたいですが、日程のことと、それ以上に精神的に苦しい日々が続いていて、年を明けるどころか、年内までの自分さえ上手く想像することが厳しくなっています。一歩進めば壁が立ちはだかり、後ろに退けば落とし穴に落ち、右を見ても左を見てもどこにも希望が見当たらない、そういう日々の中を綱渡りでもするように、生きてきた気がします。これが自分の人生なのかと眼を背けてしまいたくなることばかりで、眼を閉じてもその現実の景色は消えることなく在り続けます。言葉を読んで物語の中に沈んでいける時は、そんな景色でさえも泡の淀みのように消えていきますが、自分の抱えた病の為か、それとも他の何かの為なのか、いまでは物語を読んだり書いたりする為に集中すること、それ自体が難しいことのように思えます。けれども、私が本当に生きていられるのは物語を通してのことなので、ペンとノートを握っていられる間は、文章を打ち込んでいられる間は、誰に何と云われようと書き続けるしかないのだと思っています。それを手放してしまったら、その時が終わりなのだと。他のものは全て何処かに捨ててきたような気がします。幼い頃から、私が何かをしようとするといつも決まって邪魔をするような人が私の周りにはよくいました。彼らは後ろ指を差して人間を嗤い、ひとが何年も掛けて積み上げてきたものを無駄だと否定し、何か別のものを見つけるとそれは駄目だと批判し、何をやっても、どんなことをしようと、ひとが必死に組み上げた言葉の積木を粉々に砕き、燃やし、ゴミ箱にぶち込んで、袋にまとめてこんな汚いものは要らないと云って、私の全てであるその木片を棄てさせようとします。私はいつもそのぼろぼろにされた言葉の積木が残された後に、木屑のような言葉を集めて、またもう一度それでお城を造ろうとします。でも、そんなもので立派な言葉の王国が造れるものでしょうか。自分を縛る足枷が何にも無かったら、誰にも邪魔されないで小説を書いていられたら、私はそれで機嫌良くいつまでも言葉の世界で遊んでいられるのに、いつだってどんなお城も破壊されてしまうのが世の常です。他に望んでいるものなんて、何にも無いのに。それひとつさえ叶えば、ほかのものなんて、何にも必要はないのに、どうして自分にはそれさえも叶わないのだろうか、普通の人生を諦めて滅茶苦茶な人生を送るだけでは足りないのか、いつもそんなことを胸の奥に仕舞って誰にも云わないままで、物語にだけほんとうのことを話します。私は潰れた人生の破片を拾ってそれで小説のお城を造ります。見た目は不様で、窓も壁もなく、それはお城と云うよりもプレハブ小屋にさえ見えないかも知れません。でも私に残された材料は、他のひとたちが持っているほど沢山もなく綺麗でもなく彼らの云うように汚くて醜いものばかりだったから、それで歪な形の言葉を生み出すしかなかった。ほかのものは皆全て、人生に棄てさせられたか、自分で棄てたかどちらかのもの。たとえ私の手元に残っているのが一本の枝木しかなかったとしても、私はその枝先を握って砂の上に文字を書き、物語を書きます。燃やされた言葉の灰で、みすぼらしいお城の輪郭を描き、粉々に砕かれ潰された人生の木屑を集めて、壁にもならない壁を造り、隣にはしっかりとした造りの豪邸が建っているのを見上げながら、私は隠れることも出来ないその歪んだ言葉の骸達を、お城だと信じてそこに棲みます。ひとびとはあいつは馬鹿だ、気が狂っていると云われるにしても、私にはそれ以外の人生を望むべくもなかった。これから先に待ち受けている――もう既に現れているその未来は、きっとそんなものだろうと思います。

 

原稿を郵便局に出した後、雨の街を歩きました。いくつもの水溜まりを踏ん付けて、靴の底には水が溢れ、隣の車線を白いバンが駆け抜けて、水飛沫が半身に掛かりました。風は強くて時折傘を両手で持たなくてはなりませんでした。それでも、家に戻るその短い道のりを何故か忘れることができずに、俯き加減だった顔をほんの少しだけ上げて、何でもないただの路地を歩いたことを、帰ってからも馬鹿みたいに思い出していました。結果が落ちたとしても通ったとしても、その何の変哲もないアスファルトの色を、私はきっと思い出すだろうと思います。

 

kazuma