虚構世界で朝食を

Breakfast at fiction world

落選と奈落

 何度目の落選だろうか。そろそろ回数が分からなくなってきた。六、七回目くらいだと思う。文藝賞の結果は惨敗だった。今日の朝は色々あってよく眠れず、それでも今日は発表の日なのだからと朝10時頃に梅田某書店へと向かった。文芸誌の場所は最初から知っているから迷いもせずに通路を抜けて、平積みの文藝の頁を開いた。目次に選考結果の部分を見つけて何の躊躇いもなく開いた。四次、三次、二次、一次……。

 当然どこかにはあるだろうと高を括って自分の名前と作品名を探した。見開き一ページに他の人の作品名や筆名ばかりが並んでいた。去年の選考にも残っていた何名かの名前も見た。一度目に見た時、これは何かの間違いだろうと思って、また最初から見ていった。それを四回ほど繰り返した。なかった。それから私は何かとてつもなく莫迦なことをやっているような気がして、文藝を放り投げるように閉じ、恥じ入る気持ちで俯いて書店を出た。他のページはもう見たくもなかった。吐き気がした。

 街へ出ると、行きの淡い期待を抱いていた自分とは全くの別人になっていた。景色の色が歪んで死に絶えた。もう何も見たくはなかったが、現実は私に正しい色を教えようと目の前をちらついていた。

 梅田のスクランブル交差点には、幸福そうな顔を浮かべている何人ものひとがいた。私はポラロイドカメラのファインダーでも覗き込むようにして、笑っている顔をひとつひとつ切り取っては眺めていった。両目の網膜にそれらを順に映し出した時、彼らにはきちっとした生活があって、皆意味のあることをやっているのに、自分が五年懸けてやってきたことはいったい何だったのだろう、ということを思った。撮り溜めた言葉のフィルムなんて、彼らの生活に比べれば、全て取るに足らないくだらないものに思われてきた。他人の名前だらけの選考結果の見開きに、突然胸ぐらを掴まれて、殴られるような思いがした。それから不機嫌な顔をしたまま、笑顔を浮かべている人々と何とも言わずにすれ違って横断歩道を抜けた。何を見ても、何を考えても、何もやっても、全てが白々しかった。どうしてこんなに上手くいかないことばかりなのだろうか、全てが莫迦莫迦しく感じるのは自分が阿呆だからなのかと、まるで悪い呪文でも唱え続けるみたいに心の中で無限に問いを繰り返した。古本屋に必要なものだけを買って、あとはどこにも余所見せずに一直線に帰った。問いは家に帰っても収まらなかった。必死に書いて編み上げた物語が、門前払いで否定され、突き返されるのは、好きな女の子に無様な振られ方をするよりも暗澹たる気持ちになる。部屋に帰ってから、自販機で買った80円の安っぽくて全く味のしないブラックコーヒーを飲み干した。缶を誰もいない壁に向かって投げつけた。白い壁に茶色い染みが残るのを何の感情も纏わない眼で見つめていた。ごろごろと転がって動くことを止めたアルミ缶は、煙草の灰皿の中で死に絶えた幾層もの灰のように、いつまでも視界の端に残り続けた。それから既にもう掠れ掛かっているボールペンをペンケースから抜き取り、ノートを開いて、文字を書いた。インクが切れた滑りの悪い筆先に力を入れて握った。形の不揃いな言葉の連なりがいくつもノートに跡を残していった。現実が『これが正しい色なのだ』と私に見せつけてきても、私は真っ黒の文字で埋め尽くされたノートを突き返して、ペン先の虚構が描く間違った色を信じようと思った。誰もが描いてなぞろうとする正しく上品な白色よりも、間違いだらけで塗りつぶされた黒色の方が私には親しみが感じられた。色のない人生なんて嫌いなんだ。

 

泥沼の中を言葉と共に沈む。

 

kazuma