虚構世界で朝食を

Breakfast at fiction world

Everybody wants to get started

 

 誰にも行き先を告げないで家を出た。出口も分からないままに列車に飛び乗った。現実の世界を離れて、長くて短い夢を見ているようだった。決して見ることはなかったはずの夢を、窓の向こうに本当に見ていた。そんな景色は空想の中でさえ見なかった。扉の向こうには誰かが待っていた。待っていてくれる人がこの世にいるとは、本当に思えなかった。誰かと待ち合わせをしたら、待っているのはいつも自分の方だった。街で隣を歩く人もいなかった。いつもひとりで道を歩いて、誰の顔をも見ることもなく、帰ってくると心の奥底で声も出さずに静かに泣いていた。答えが何処にも見つからず、昼の十二時に夜の十二時の中に居るみたいだった。太陽はただの一度も昇ることはなかった。苦しいときはいつも月ばかりを見ていた気がする。哀しいことや辛いことが多過ぎて、それを誰かに打ち明ける勇気も無かった。列車の白線を踏み越えた時に、自分の人生のレールが切り替わって、本当なら辿り着くことのない地点に向かってサイコロを振った。誰かと一緒にサイコロを振ったら、何年も同じ目が出ることがなかったのに、何故か道の先に待っていた人は同じ目を出してくれた。何もかもを投げだそうと、落ちていこうとしていた自分を最後の網の目のように受け止めてくれていた。心の底から笑ったことなんてもう何年もなかったから、笑った後に笑っている自分に驚いていた。隣に座っているだけで救われる思いがした。ただ相手にとってもそういう存在になれたのかは分からない。むしろ自分の我が儘のせいで傷付けさえしたのではないかと思う。我が儘を言える相手なんて誰も居なかった。相手は私の望むものを何でも与えてくれたのに、私は相手が一番望んでいることを与えられなかった。いつまでも同じものを見つめたまま笑っていられたのならどんなに良かったろう。

 書いている小説の主人公はいま自分がいる世界とは別世界に足を踏み入れて、そこでかけがえのない人に出会う。けれどその人は元の場所に戻りなさいと言う。あなたが元の居るべき場所に戻りなさいと言う。私のことは大丈夫だからと、ひとりで行けるところまでは生きていくからと。そんなことは嘘だと分かっている。嘘を付いてでも相手は私の幸福を願ってくれた。本物の嘘つきだったらそれに答えを返せたかもしれない。でも、そんな答えを相手は望んでいなかっただろう。そのひとはいつも海岸に打ち寄せられた綺麗な貝殻のような本当のものを探し続けてきた。偽物のダイアモンドがどれだけ綺麗でも、そのひとはそれに手を伸ばさずに、自分の眼に映った輝くものを探し続けていくだろう。もし私が本当に真っ白な貝殻だったなら……。

 帰ってくると泥のように眠った。夢の中でもう一度そのひとの夢を見た。朝になって、目が覚めて、そのひとのくれたCDをエンドレス・リピートで聴いている。

 

 魔術の旋律がいつまでも続いてくれれば良かった。いつまでも夢を見ていられたら良かった。

 

 if you somebody who is right.
 if you find you knew that it was right.

 Cause
 Everybody wants to get started

もし、あなたがそのひとだったら

もし、あなたがそのひとだったと分かっていたのなら

誰だって、何かが始まってしまうことを望んでいる

 

 

 始まったのなら、終わって欲しくなんかなかった。

 

kazuma

 

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