虚構世界で朝食を

Breakfast at fiction world

自由人一ヶ月目

 仕事を辞めてから一ヶ月が経った。そろそろここらで近況報告でもしておこうと思い立ったので書く。
 私は割と元気にやっています、と書くと、病棟から手紙を出す少女が書くような文面を思わせるので気が引けるが、それなりに平穏な日々を送っているので、気持ちとしてはその通りだ。辞めて二週間が経った頃、足元が落ち着かなくてそわそわするというようなエントリを書いたが、今では大分収まって、少しずつ生活にリズムが戻ってきたように思う。言い換えれば、落ち着いてきたということだ。辞めた直後は、一日中本を読んだり、小説を書いたり、映画を見たり、結構好き勝手なことをやった。前の職場の人と食事をしたり呑んだりして、思わぬところで珍しい古本を譲って頂くこともあった(辞める前に古本屋をやることは言っていた)。今も大抵好きなことをやっているが、小説を書き、読む、ということと、古本屋の仕事の準備だけは、欠かさないようにしている。これがいずれ生業になってくれるだろうということをいつも信じて日々を送っている。もしこれらが生業にならなかったら、自分はどうにもならないだろう、とも思う。不確かな道の上を歩いているのには違いないが、決まったレールの上に乗せられて特急列車で会社行きなんて道は望まなかったし、その道は既に断たれてもいるから、半分の恐怖と半分の愉快をやじろべえみたいに抱えて、自分の線路の上をちょっとずつ歩いている。後悔はしていない。特急列車に乗っていたら、いずれどこかのタイミングで窓から放り出されていただろう。降りた場所が自分の行きたい方向でもなく、重たい荷物みたいに捨てられるだけなら、そうならない内に列車から降りて、自分の決めた砂漠みたいな方角に向かって、ひとりでてくてく歩いて行く方が良い。その内、オアシスでも見つけるかもしれない。

 小説の進捗は、約七万字で原稿用紙換算一九八枚になった。これは群像応募用で、残り五〇ページを七月中に仕上げてしまおうと思っている。規定は二五〇枚以内だから、そろそろ話に纏まりを付けなくてはならないが、いまだに話の風呂敷を広げているから頭が痛い。本当にきついところは、広げるところではなく最後に話を包み上げるところだ、ということは、ものを書いたことのある人間なら誰しも分かることだと思う。完全に近い未完の原稿よりも、不完全でも校了まで辿り着いた原稿の方が価値がある。小説というものが人間によって生み落とされたものであるならば、その赤子である物語は、結局のところそれを書いた人間と似た性質を帯びているはずだというのが私の持論で、人間がいずれ終わりである死を迎えるのなら、小説も物語の輪の中で一度終わりを迎えなくてはならない。もし不老不死の人間がいたとしたら、永遠に話の風呂敷を広げて、終わりを迎えることのない小説を書いて、完璧であることを目指していてもいいけれど、私たちには、限られた命の分の時間しか与えられていないし、文字を書いていられる自分というものは、いつまでも存続するものではないある意味貴重なものだから、それを武器として戦おうとするのなら、限られた期間で書き上げるまでやるしか道はないのだ。

 古本屋の方は、古物商申請に必要な書類を集めながら、サイトをちょこちょこ構築している。一応、おそるおそる独自ドメインを取ったり、商品画像を上げて短文を書いたり、自作でロゴを作ったりと、こちらの方は、まあのんびりやっている。必要書類が色々と多くて、本籍地でないと取り寄せられない書類だったり、法務局で手続きを取らないといけないものがあって、時間がかかる。郵送請求はしたが、全て揃うのは一週間後くらいだろう。そこでようやく警察署に古物商の申請が出来る。もし待って下さっている方がおられたら、まだ開店まで漕ぎ着けられなくて申し訳ないのですが、またkazumaが何かやっとるな、くらいに思って頂けると有り難いです。極度のマイペース症候群なのは全く変わっておりません。どれくらいマイペースかというと、そこら辺を歩いているダンゴムシレベルなので、時々意味も無く丸まったりしながら、地べたを這いずり回って生きています。でも、週五で出勤していた日々に比べて、いまのお前の日々は充実していないだろう? と訊かれたら、きっぱりノーと答えます。
 ホールデン・コールフィールドに共感を覚えるような人間だったら、彼と友達になりたいと思うような人間だったら、きっといまの世の中のレールの上を渡っていかないと思うのです。私は彼と友達になりたかったから。彼が私のことをインチキ野郎と呼んだとしても。

 

以上、自由人一ヶ月目の戯れ言でした。

 

(了)

 

kazuma

 

余談:リアム・ギャラガーの「Wall of glass」が格好良すぎて、つまらない私の日々などぶっ飛びそうです。ずっと聴いています。

 

 

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