虚構世界で朝食を

Breakfast at fiction world

先が見えなくとも、賽を振る。

 
 今日は取り留めも無く書きたい。何となくそんな気分だった。
 
 三月の春から新しいことを色々やった。古本関係の仕事の兼業、他所の執筆グループへの参加、自前の執筆グループの立ち上げ、一箱古本市の出店、文学学校への参加……と、ここ二ヶ月で次から次へとkazumaが首を突っ込んでいったのはご覧の通りである。片っ端から頭をぶつけた日々だった。上手くいったものは殆ど無いに等しい。分かったのは、自分が誰かと一緒に何かをすることがひたすら向いていない人間だということ。元々、自覚していた性質ではあったけれど、対人の場面場面で、はっきりと色濃く出てくるものだから、思わず閉口してしまった。自分なりに何とか舵を取ろうとはしたが、ひっくり返したものがいくつもある。他の人が当たり前に出来ることが、自分にはひどく難しいもののように思われる……。
 
 去年の一年間は閉じることで進んでいった面があり、当時は一旦仕事を辞めて執筆にひたすら専念した。だが、それだけではどうも立ち行かないものを感じて、再び簡単なものではあるが職に就いて、一馬書房も始めてみた。実はこの二ヶ月、柄でないことばかりをやっていたように思う。上手くいかないのは当たり前だ、一番苦手なところを克服しようとしてやったのだから。柄でないことをすると、それは相手にも伝わるものらしい。ひとりで居ても苦しいし、誰かと居ることも苦しいのなら、いったい何処に人生のオアシスがあるというのだろう。ずっとビル街の中の砂漠をひとりで歩いている気がする。何処にも一滴の水が見当たらない。都会のような街を歩いていると、自分が探しているものが何であるか、分からなくなってくる。方位磁石は無くしてしまった。何処へ行きたかったのだろう。
 
 昔、行く当てのない自分のことを、受け容れてくれたひとがいた。何もかも投げやりになっていた時だった。人生で一番沈み込んで、綱から落ちそうになっていた時に、その誰かに助けられたことがある。そのひとが綱から落ちかかっていることも、分かっていた。けれども、私は背を向けて去った。そのことが正しかったのかどうか、いまでも分からない。
 
 時々、ひとりで布団に横たわっていると、何とはなしに思い出す。もし、自分の側にひとりでも信じてくれるひとが居たのなら、こんな未来にはならなかっただろうか。ひとと上手く関係を結べない原因は知っていた。心の底から誰かを手放しに信じられた経験は殆ど無かった。いつも物語の言葉ばかりを信じていた。言葉は好きになれても、ひとを好きになれないのは、どういう訳だろう。いまも森の中から出られずに居る。もしかしたら出たがっていないのかもしれない。相変わらず梟の声ばかりが聞こえている。光の差さない部屋の中で、本を脇に置いて眠る。真っ当な生き方では無いと思う。そのようにしか生きられなかった。
 
 一番先の、この地点から振り返ると人生の分岐点が何処にあったか、はっきりと分かる。だが、人間は間違った路を選ぶのが常らしい。正しかったのはペンとノートを取ったことだけ。小説は私に、人生を選んだ、という感覚を抱かせてくれた。選びそびれたことが、この二十余年の中に沢山ある、どれも取り返しの付かないものばかりで、思い出は埋まっていく。ギャツビーは、過去を同じようにはやり直せなかった。ホールデン・コールフィールドはあれから大人になったのだろうか。ホリー・ゴライトリーは、落ち着ける場所を見つけられた? 「僕」はブラウン・ストーンの建物を出て、いっぱしの作家になっているか。猫に名前は与えられたのだろうか。
 
 皆、煙草の煙のように消えていく。後には何も残らない。僅かに落ちた灰の一片を、無くさないように集めている。いつか両の掌に抱えきれなくなった灰を抱き、もう一度起こしたライターの火で明かりが灯るような、不思議なことが起これば。灰で出来た小さな物語の鳥が掌の中で蘇り、ふたたび空に羽ばたく日だけを信じている……。かつて見えていたあの青い火を、もう一度見たい。そう思って、何度も青いインクのペンを執る。正しいものが見えなくなっても構わない、昔と同じように、同じ色が見たいだけだ。ギャツビーは緑色の灯りを信じていた。私は言葉の灯りを信じている。その青い灯りを見つめている間だけ、私は本当のことが云える。
 
 これから、新しい物語を書く。次の群像は目標の期限で叶える為の最後のチャンスだった。賽を振る。信じた目が出るまで、私は賽を振り続ける。いつか私は"1"を引く。かつて同じ目を引いたひとが、そこに居ればいい。
 
kazuma
 

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物語の林檎

 こんばんは、kazumaです。今日は近況報告ということでブログを書きます。ここ数週間、身辺の環境が色々と目まぐるしく変わっていきました。中々、記事を書くことが出来ていなくて、この辺りで自分のことを含めて整理し、総括しておきたい、と考えていました。
 
 まずは執筆グループについてのことです。あれからメンバーの方との議論の末、スペースを残す形となり、管理人を引き継いでいただきました。色々なことがあったのですが、最終的に存続を望んでくださったメンバーがいて、空閑グループが継続されることになって良かった、と思っています。管理人権限の引き渡しが無事完了し、心境としては少しほっとしている、というのが本音でしょうか。グループからは離れましたが、影ながら今後の活動を応援しております。
 
 一馬書房とは別に新しく始めた古本関係の仕事は、二ヶ月目になります。最初は少なかったシフトも徐々に増え始め、新しい職場に徐々に馴染んできたところです。本はやっぱり好きなので(それも古本の方が良い笑)、作業が難しかったりする時もあったりするんですが、めげずにぼちぼちやっています。好きな本や作家さんを棚の中から見つけ出すと、ひとりでテンションを上げていますが、あまり人には云いません。もともと黙々と作業することの方が向いているようです。
 
 仕事を再開したのは、時間稼ぎの意味もありました。ブログを始めて、二年以内に作家になることを掲げてやってきましたが、ここに来てようやくその言葉の無謀さを噛み締めているところです。作家になる、と口にするのは容易いですが、六年間、書き続けてきて箸にも棒にも引っかからないままでは、プロになるという言葉に空虚な響きを感じるようにもなりました。三末に発表の群像の結果は落選で、これで公募の落選は八度目になると思います。
 
 根本的に、自分の文学とは何なのか、そもそもこの生き方を続けていってよいのか、思い悩むところがない訳ではありませんでした。もともと二十の時点でマイナスに振り切れたところからの人生だったので、喪うものはとうの昔になくしていますが、それにしても上手くいかないことだらけだったなと、曲がりくねった蛇のような人生を振り返って思います。端から見たら、誰も気付く人はいませんが、私の人生は二十を境に途切れています。交友関係もその前後で全く変わりました。人格としても別の人間になったように思います。その蛇のような二十年の人生が私に残してくれたものはノートとペンしかなかったので、私は物語の林檎だけを囓って生き延びてきました。それが良かったことなのか、私には分かりません。選ぶ余地はありませんでした。時々、他人事みたいに人生を眺めている自分に気が付きます。ほんとうのことを話すのは、ノートの前でペンを握っている時くらいなのかもしれません。嘘を吐くことでしか、ほんとうのことが云えないひとが、この世にはいます。
 
 仕事についてですが、一馬書房の古本の仕事を、いつか自分の生業にしたいと思っています。時間稼ぎ、というのは小説家を思い切り目指していられるだけの時間と、一馬書房として独り立ちが出来るまでの時間を稼ぐ、という意味合いです。文字ばかりを読んで、本に救われたような人間が生きていくのなら、本に関わらずに生きていくことは、あり得ないような気がします。私に出来ることは、ただ小説に関わり続けることだけです。その結果が自分を何処に連れて行こうと、構いません。ひとりで路地裏に野垂れ死ぬようなことになっても、仕方のないことだったのかなと思います。時計の針が、私に許す限りは、ものを書き続けて、本を読んで、古本を売って生きていこうと思います。
 
 グループのことや仕事のことも含めてそうですが、もともと私はひとりぼっちの人間だったんだということは、改めて思いました。私が無理に関わっていこうとすることで軋轢を生んだ部分もあったと思います。ですが、それでも側に残ってくれたひとや、暖かい言葉を掛けてくれたひとがいたこと、最後には理解してくれたひとがいたことに、感謝しています。
 
 春からは文学学校に通います。私の未来は分かりません。ただペンとノートを握り締めて、物語の林檎を片手に抛りながら、生きていくことは確かです。いつか誰にも云えなかったほんとうのことが、云えるようになるまで。ただの嘘吐きで終わるのは厭だった。
 
 kazuma
 

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執筆グループ『空閑』の件につきまして

 三月に立ち上げた執筆グループ『空閑』について、お話しておきます。私が執筆グループから降りることについて、グループ内で簡潔な説明はしましたが、経緯や理由がよく呑み込めない、という方が内外にいらっしゃるかと思いますので、グループから去る前に、ここでひとこと事情を申し上げておきます。何にも云わないままに、自分で立ち上げたグループから離れるのはフェアなことではないと思うので。
 
 一連の事が終わって、冷静に振り返れば、些細なすれ違いや意見の誤解に過ぎなかったのではないかと思います。私がグループから身を退くのは、結果的に、意見の相違のあったひとりのメンバーを退出させる形になってしまい、その上、発言内容への誤解から、一番信頼していたメンバーから離脱を申し出られたからです。退出したメンバーに非はありません。私の方にグループとしてやっていく意識の上で問題があったと思います。他のメンバーを退出させておきながら、自分がグループに残るのは筋の通らない話だと考えていました。
 
 もともとこのグループを立ち上げたのは、Twitter上で以前から親交があった数名のメンバーと小説について話が出来る場はないだろうか、と話していたことがきっかけです。私の方でも執筆グループを作ってみたいという考えは、一年以上前から暖めていたものでした。私は最も信頼しているメンバーのひとりであるabejunichiさんに話を持ち掛け、二人でグループをはじめました。その後、Twitter上で親交があった方を中心にお声掛けをし、当ブログでも募集をしました。
 
 最終的にメンバーは十六名となり、この中には以前からTwitter上などで私と個人的に親交があったメンバーと、今回の募集で初めて知り合うことになったメンバーがいました。書いている目的も、年代・性別も、このグループに参加する理由も、それぞれが多種多様であったと思います。今回のグループを、元から親交があるメンバーのみの場にするか、それとも小説を好きな人なら誰でも参加できる場にするか、率直なところ迷っていました。
 
 オープンな場にしたことが正しかったのかどうか分かりませんが、参加してくださったメンバーのコメントやツイートを読んでいると、いままで知らなかったメンバーの横のつながりが出来たこと、出会うことのなかった作品と作り手に出会うことが出来たという意見があり、その点は良かったのかなと思います。
 
 一方で、お互いに殆ど面識がないことで、ものの考え方や小説に対する考えが明らかに違うメンバーも居て、それがSlackというスペースで、ある意味では常時繋がっているような状態が、息苦しく感じていたところが、正直に云ってありました。考え方や意見の相違自体は互いの立場を認める必要があるかと思いますが、人間としての情の部分で、同じグループでやっていくのが辛いなと思うことがあり、何度かSlackのグループを開くのが億劫に感じたことがあります。これは私のひととしての気質の部分でもあり、その違いを織り込み済みで呑んだ上で、グループとしてやっていくことが出来なかったことが、管理者として失格、という発言の真意です。
 
 またグループの管理者についての意見は、退出したメンバーを含め、ご参加いただいている方と、私の考えが違ったのだと思います。この執筆グループに参加してくださった方々の内、多くの方は、純粋に小説について話が出来る場を必要としていたのであって、そのグループを立ち上げる人間は特に私である必要は無かった、ということを何となくですが感じていました。昔から親交のあったメンバーや、話をしてみたかった何人かの方と、この場であまりお話しできなかったことが、私としては心残りです。主に発言するメンバーに偏りがあったことも気がかりでした。一時期、コメントしにくい状況になっていた方もいらっしゃったようです。
 
 一昨日、解散を一方的に告げたのは、退室したメンバーと個人的な話をした直後で、感情的になっていたところも多くありました。私は当初から意見があまり合わなかった、ひとりのメンバーに対して、グループ内にて、どちらが優れているのかということを議論し合うつもりなら出て行ってもらいたい、という発言をしましたが、それがabeさんに向けたものと誤解されてしまい、結果的に一番最初に参加していたabeさんが退室されてしまった。信頼していた最初のメンバーを喪って、お話ししてみたかった方ともあまり話が出来なかったり、意見の違うひとと合わせて、自分の返答を考えていると、何の為にこのグループを作ったのかな、と哀しくなることが何度かありました。勿論、話していて楽しかったことも一杯あったのですけれど。
 
 Slackというある種の閉鎖的なグループの特性もあったと思います。十六人も人間がいれば、合う合わないがあるのは当然で、一つの場に押し込められたら、距離感が掴めなくなって、ぶつかり合うことも必然的に出てくるし、互いに合わない意見があっても、通知が来たり、開いたりすれば厭でも眼にしてしまう。もっと広々とした、本当に出入り自由な場、行きたかったら行けばいいし、行きたくなかったら行かなくてもいいような場に出来れば良かったのですが、オンラインの特性もあって、中々それは、難しかったです。繋がり過ぎている、ということに慣れているひともいれば、そうでないひともいて、私は後者の人間であったということです。そういう加減が分からない人間がSlackでグループを立ち上げるべきではなかったと、深く反省しています。
 
 グループに関しては、継続を望まれる方の声もあり、スペースを残す方向で調整が進められています。管理人権限を譲渡しない限り、私はSlackのグループからシステム上、退室することが出来ませんので、グループ内で、管理人を仮に複数人立てたら良いのではないか、と発言いたしました。いまは、今後のグループの管理者の立候補期間となっており、二名の方に立候補いただいております。もし今後執筆グループを引き継いでもよいという方が、残るメンバーの中でおられましたら、是非よろしくお願いいたします。引き継ぎが完了するまでは、グループスペースをオープンにしておきますし、私自身も残ります。出来る限りのサポートはいたします。
 
 今回の件で、ご参加いただいていたメンバーの方、またグループに興味を持ってくださっていた方々に多大な迷惑を掛け、誠に申し訳ありません。本当はこういう事情を詳しく説明できる心境ではありませんでしたが、Twitter上でグループに興味を持っていて説明を求められる方もおられ、何よりも一番、グループに参加してくださった方にちゃんと理由を云っておきたくて、このような記事を書かせていただきました。
 
 短い間でしたが、皆さんと小説のお話が出来て良かったです。Twitterやこちらのブログでの活動は細々と続けて参りますので、これからもまだ個人的な交流なら続けてもいいよ、という方がおられましたら、変わらずお付き合いくだされば、嬉しく思います。これは個人的な返信となりますが、退出された靉さんには大変申し訳なく思っています。Slackというグループの場でなければ、お話しできたことも沢山あっただろうなと思います。abeさんにも誤解を招くような不用意な発言の仕方をしてしまったことを、ここで深くお詫びいたします。
 
またいつか時間が経って、皆さんと何処かで笑って話が出来ることを願っております。誠に勝手ではありますが、今後の執筆グループ『空閑』を、よろしくお願いいたします。
 
kazuma

春の鴉

 四月になった。これで二十余回の春が来たことになるけれど、未だに人生に春が来た試しはない。いつも桜が散っていくのを他人事みたいに見つめていた。公園を横切ると楽しそうに宴会で騒いでいる人たちを見ながら自分には一生縁がないだろうなと思いながら素通りする。誰とも言葉を交わさずに見た景色ばかりを覚えている。桜は綺麗だと思うけれど、誰かと笑って見た記憶は一切無い。そういう性分に生まれついたのだから仕方がない。世の中は明るく生まれついた人間だけで出来ている訳ではないのだ。私は桜を見て笑っている人間よりも、すたすたと路を歩いて行ってしまう人の方が好きだ。背を向けて去る人間の足音は、切実な響きを持って、何処へ行ってしまうか分からないような当て処なさを隠している。桜の木の下で酒を呑んでいるひとに、その人間の足音は聞こえない。俯いて歩けば、哀しみが唄って眩暈がする。嘯いたような春の風が吹いても、すれっからしの心は根無し草のまま、何処吹く風、とそっぽを向く。つくづく、どうして自分は人間に生まれついたのかが、分からない。桜の枝の上をとんとんと歩く鴉が花を散らす。黒い翼から一枚の羽根が抜け落ちて、私はそれを拾う。『我はもと虚無の鴉』と鞄の中の詩人が云った。ほんとうの桜の色が誰に見えるだろう。何年経っても、私は鴉の羽根ばかりを拾って生きていく気がする。鴉の羽根が全て抜け落ちる頃に、桜の樹の下で一眠りをしたい。そこで初めて桜を誰かと笑って見上げる気になれるだろう。今日も路地裏をひとりで歩く。排水溝に落ちた桜の泪の色だけを、私はじっと見つめている。このまま俯いているのも悪くはない、と先を歩く影が云った。桜の雨が降る。薄桃色の雨粒に濡れたら、散る桜の哀しみがわかるだろうか。ひとりぼっちで歩いた路を振り返った時に、同じ色を見ていたひとが、そこに立っていたのなら。私はそのひととだけ、笑って話をするだろう。桜の樹の下で、鴉の羽根を胸一杯に抱えながら。
 
kazuma
 

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オンライン執筆グループ、『空閑』がスタートしました。

 こんばんは、kazumaです。新潮新人賞の原稿執筆の為に、長いこと潜っておりましたが、目処が付きましたので、ブログに戻って参りました。今日は、前回の記事でお伝えした執筆グループについてのご報告です。
 
 二週間ほど前から募集を行っている、オンライン上での執筆グループですが、多くの方に、ツイートや記事を見たよ、と仰っていただいて、嬉しい限りでした。現在は、私含め16名のメンバーが、執筆グループ『空閑』に参加しています。『Slack』というオンライン・ワーキングスペースを使用し、現在進行形でゆるゆると活動しています。グループスペースは、オンラインチャットと掲示板を足して二で割ったようなもので、主にメンバー同士の交流の為に使っています。自作小説を読み合って意見交換をしたり、原稿の進捗を互いに励まし合ったり、談話室で雑談をしたり、と自由にマイペースな感じでやっています。
 
 一応、執筆グループを立ち上げる為に、最初の段階で色んな方にお声掛けをしましたが、私は一参加者としてグループに参加する形で、運営者は参加しているメンバー全員ということでやっています。割とフラットに、色んなジャンルを書いている方がいて、年代・性別、執筆環境や目的もばらけた感じで集まっていますが、だからこそ学ぶものがあるし、皆やっぱり小説が好きだ、というその一点で繋がっているんだなということは、強く感じます。
 
 グループ名は『空閑』と書いて『ソラシズ』と読みます。執筆グループの名前を募集した時に、メンバーのある方がこの名前を提案してくれました。閑な時間に集まって小説の話が出来る『空閑』(くうかん、とも読めます)というダブル・ミーニングも相まって、メンバーの満場一致で決定しました。自分じゃ百パーセント思いつきようのないグループ名でしたので、考えていただけて良かったなあ、と純粋に思います。『空閑(ソラシズ)』という名前を覚えて貰えれば幸いです。
 
 まだ生まれたばかりの『空閑』ですが、これから徐々に、息の長い活動になってくれれば良いなと思っています。メンバーは随時募集しておりますので、グループにご興味のある方は@kazumanovelまでご連絡ください。小説が好きで、話し合ったりしてみたいという方なら誰でもご参加いただけます。好きなときだけ、Slackのグループ・スペースを覗いたり、書き込んだりできますので、気軽に入っていただけますよ。
 
 この前、グループ内でこんな話がふっと出ました。グループの中から文学賞の受賞者が出たら、夢みたいですね、と。メンバー全員が文学賞に向けて書いている訳ではないですし、小説を書く理由というものは、ほんとに人それぞれなんですが、その話を聞いた時、いつかそれが夢の話ではなくなればいい、と思いました。何年掛かったとしても、私は(あるいは、私たちは)小説家になりたくて書いてきたし、同じ思いで書いてきたことのある人たちがこの網の目の上にはいて、互いに切磋琢磨し合いながら、それぞれの望む文章の道に進んでいくことが出来ればと思って、立ち上げた、というのが本音なので。
 
 誰だって、いまの文章のままで立ち止まっていたくなくて、物語に見合う言葉を、森の中を必死で駆け抜けるように探している。森の中で、言葉の樹に生った林檎をこの手に掴んで味わいたい、というひともいれば、それを唆す蛇を自らの裡に飼おうとするひともいる。あるいはただ、森を越えた頭上の空を旋回する鴉を見上げるひともいるかもしれない。地面に落ちた団栗を綺麗だと思って無くさないように拾う人もいる。小説を書き続けて、その森の茂みから抜け出す頃には、皆が思い思いのものを抱えていて、それぞれの森を抜けていく。振り返ったときに、私たちには私たちだけの足跡が――、物語が見える。森の中に自ら迷い込むように足を踏み入れるのは勇気がいるし、森の外にいる人間には決して分からない孤独がある。単独行で物語の中へと突き進んでいくのが、ものを書くという勇気であることに違いは無い。けれども、言葉の森というものは、実は皆、何処かで繋がっているものだから、誰かが声を上げたら、ちゃんと声は返ってくる。時に道が交わって出会うこともある。言葉の森の中に居るのは自分だけじゃないと分かったら、ひとりぼっちで歩いている訳じゃないと分かったら、もっと森の中に深く入り込んで行けるかもしれない。自分では全く気が付かなかった道が、遠くの誰かの一声によって現れるかもしれない。その道の先にある文学は、自分一人では決して辿り着きようのなかったところへ、連れて行くように思えます。その先には別世界へと続く扉の門が聳えている。誰もがその虚構の門を叩いて開く為に、書くことを望むのだから。扉の先にあるものを、この眼で見ようとして。
 
言葉の茂みに隠された、誰の足跡もない深い森の中へ。
 
kazuma
 
追伸:新潮新人賞原稿の初稿が、原稿用紙換算117枚で完成を見ました。推敲の後、滑り込みで提出予定です。ようやく終わって、一息付けました。これから動いていくことが沢山あって、この一年を抜けた先には何があるだろうと、思っています。
 

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